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大阪高等裁判所 昭和50年(ツ)39号 判決 1977年3月31日

上告人 国 外一名

被上告人 中村源三郎

主文

原判決を破棄する。

第一審判決中、上告人国と被上告人間の第一事件に対する判決部分を次の通り変更する。

(一)  第一審判決添付目録記載(一)、(二)の各土地が上告人国の所有であることを確認する。

(二)  被上告人は上告人国に対し、右各土地につき昭和二年一〇月三日時効取得を原因とする所有権移転登記手続をせよ。

(三)  上告人国のその余の請求を棄却する。

第一審判決中、被上告人と上告人国及び上告人財団法人淡路観光協会間の第二事件に対する判決部分につき、被上告人の控訴を棄却する。

訴訟費用は、第一、二、三審を通じ、これを被上告人の負担とする。

理由

上告人財団法人淡路観光協会代理人の上告理由第一点及び上告人国代理人の上告理由第一点について

原審が確定した事実関係によると、(一)上告人国は、昭和二年一〇月三日以降現在まで(昭和二年一〇月三日より同二〇年一一月三〇日までは陸軍省所管、同二〇年一二月一日以降は大蔵省所管)所有の意思をもつて公然と原判決別紙物件目録(一)、(二)記載の土地(以下本件土地と云う)を占有して来た、(二)被上告人は、従来本件土地を時々見廻る等の方法によつて占有して来たところ、昭和二年一〇月頃、突如陸軍が本件土地の立木を伐採したり、土地を堀つたりし始め、これを発見した被上告人は直ちに由良要塞司令部に対して抗議の書面を郵送したが、同司令部は、翌日、書面をもつて、本件土地は被上告人先代より請書によつて買収済であり、かつ陸軍用地として登記済であると云う旨を回答して来たので、被上告人はその後も右要塞司令部に赴いて抗議したところ、応接に当つた係官より非国民である等と罵られ、又その後も訴えを起すべく岡林弁護士に相談したが、陸軍を相手に訴訟をしても勝目はない等と云われ、知人らからも、訴えを起せば軍から種々の圧力も加えられるから思い止まるようにとの忠告を受けて、遂に提訴を断念せざるを得なかつた、と云うのである。

原判決は右事実関係より、被上告人は本件土地の占有を奪われた当時、本件土地で工事をしている軍関係者から直接暴行強迫等の違法、強暴の行為を受けたものではないけれども、これら軍関係者らの言動の背後には陸軍という巨大な集団の威力があり、一民間人に過ぎない被上告人が右軍関係者による本件土地の占有の取得及び保持を阻止又は排除することは凡そ不可能な状態であつたと云うべきであるから、陸軍による本件土地の占有の取得並びに保持は平穏性を欠く旨判断して、上告人国が本件土地を時効取得した旨の上告人らの主張を排斥したものである。

しかし、民法一六二条一項にいわゆる平穏な占有とは、占有者がその占有を取得し又は保持するについて暴行、強迫等の違法、強暴な行為を用いていない占有を指称するものであり、占有者は民法一八六条一項によりかかる平穏な占有をするものと推定されるのであるから、本件において占有者である陸軍が右のような強暴な行為をもつて占有を取得し又は保持しているものでない以上、被上告人においてたとえその背後に軍の強大な威力を想定したにせよ、現にそれまでは由良要塞司令部に対して抗議書を呈したり、自ら交渉に赴いたりして来た被上告人にとり、その継続手段として、訴えの提起等の正当な権利行使に出ること自体までが、全く不可能な状態にあつたとは到底考えられない。被上告人が、前記弁護士や知人の言から、権利行使の困難性に自ら懸念を抱くのあまり、訴訟提起を躊躇し、ないしは断念するに至つたとしても、それだけでは直ちに右の平穏性の推定を覆すに足る事実たり得ない。そうすると、原判決の前記判断には民法一六二条一項の解釈と適用を誤つた違法があり、右違法は上告人国の時効取得の主張を全部排斥した原判決の結論に影響を及ぼすことは明らかであるから、論旨は理由があり、その余の上告理由につき判断するまでもなく原判決は破棄を免れない。

ところで、原審の確定した前記事実関係によれば、上告人国は昭和二年一〇月三日以降本件土地を所有の意思をもつて占有し来り、右占有が初め善意であり、かつ平穏、公然のものであつたことが推定されるが、無過失は推定されず、むしろ原審認定によれば、右自主占有には過失があつたものとされるから、上告人国は右占有開始の時から二〇年を経過した昭和二二年一〇月二日の経過によつて民法一六二条一項により本件土地の所有権を時効により取得したものと云わなければならず、その効力は時効の起算日の昭和二年一〇月三日に遡るというべきである。

この点につき被上告人は、上告人国が本件土地につき被上告人に対し、少くとも昭和二年以前から昭和二二年まで、直接税である地租を賦課して来たことは、上告人国において、右土地が国の所有でなく、被上告人の私有地であることを認めていたもので、国の占有が自主占有であり得ない旨主張し、原審が確定した事実関係によると、被上告人及びその先代は明治三一年以降引続き本件土地についての地租(後には固定資産税)を納付して来ていることが明らかであるが、占有が自主占有であるか否かの問題は、あくまで占有者の具体的意思を基準として判定すべき事柄であるところ、自然人でない国又は地方公共団体等の大規模の組織を有する権利主体においては、各権限を行使する機関が分化して活動しているのが通常であるから、右のように占有意思を具体的に捉える必要がある以上は、あくまでも当該権利主体のうちで、対象物件の占有、管理に関する権限の行使を所管する機関の意思を基準として、その主体の占有意思を捉えるのをもつて原則とすべきところ、原審が確定した事実関係によると、本件土地の占有、管理は、その占有開始時である昭和二年一〇月三日より昭和二〇年一一月三〇日までは陸軍省所管に属していたから、その間に別に国税たる地租の賦課、徴収行為(それが陸軍省の所管でなかつたことはいうまでもない)があつたとしても、そのことは直ちに上告人国の自主占有を否定する資料とはならず、また右土地の占有、管理が昭和二〇年一二月一日以降は大蔵省所管に移り、その後地租制度廃止までの間、従前と同様の地租課税が行われたとしても、そのことの故に、それが直ちに上告人国の占有意思に変動が生じたための結果的現象とは推認できないから、結局本件における被上告人に対する前記地租課税事実の存在は、上記判示にかかる上告人国の占有につき、それが所有の意思をもつてなされたとの推定を覆すに足る事実と見ることはできず、また被上告人の私有地たることの承認行為と認めるには足りない。よつて右被上告人の主張は採用できない。

被上告人は、本件土地はいわゆる公物であるから時効取得の対象となり得ない旨主張するが、一般に行政主体たる国がその所有する土地を直接公の目的のために供用しているいわゆる公物については、私人がこれを占有して民法上の取得時効の要件を充たした場合でも、公物の公共性、公益性の性質上民法の取得時効の規定の適用は排除ないし制限されると解すべき場合もあり得ようが、これとは逆に、本件土地の如く、国が管理占有して民法上の取得時効の要件を充たした場合には、右土地がいわゆる公物であるとしても民法の取得時効の規定を適用することによつて公物の公共性、公益性に反することはあり得ないから、右土地は取得時効の対象となり得るものと解するのが相当であり、被上告人の主張は理由がない。なお、被上告人の時効利益放棄の主張も容認するに足る根拠がないから、採用に由がない。

そうすると、上告人国の被上告人に対する請求中、本件土地が国の所有に属する旨の確認を求める請求は理由があり、これを認容した第一審判決は結論において正当というべきである。

次に原審が確定した事実関係によると、上告人国は明治三九年一月一一日本件土地について嘱託による旧陸軍省名義の所有権保存登記をなし、一方被上告人も大正一〇年四月八日本件土地について自己名義に所有権保存登記をなしたために、本件土地については二重に所有権保存登記がなされていると云うのであるが、右の中、旧陸軍省名義の保存登記は、その当時、国(旧陸軍省)が所有者であつたという事実が認められておらず、むしろ国が本件土地を昭和二年一〇月三日時効取得したとされる前記判示の事実に副わないから、これを有効のものとして取扱うことはできない一方、被上告人名義の右保存登記は権利の実体に副うものであるから、二重登記であつても、その理由のみでは抹消すべきものではなく、上告人国の請求中被上告人名義の所有権保存登記の抹消登記手続を求める請求は理由がない。しかし、前記判示の事実によると上告人国は本件土地につき昭和二年一〇月三日に遡る時効取得をしているので、その反面で右土地の所有権を失つた被上告人は上告人国に対し右時効取得を原因とする所有権移転登記手続をなす義務があるものというべく、上告人国の被上告人に対する請求中、予備的請求として、右時効取得を原因とする所有権移転登記手続を求める請求は理由があり、認容すべきである。

次に上告人国は被上告人に対し、本件土地上に棚その他の障害物を設置する等上告人国の占有を妨げる一切の行為をしてはならない旨の占有妨害禁止を求めているが、検証の場における当事者の主張その他本件の弁論経過によれば、本件土地の具体的位置、範囲については当事者間に著しい争いがあるものと見られるところ、上告人国は、現実の土地占有という事実状態の防衛を目的とする右占有妨害排除の請求についても、その目的たる土地の範囲を何等具体的に特定していないので、右請求は、主張自体理由のないものとして棄却を免れない。

次に被上告人の上告人国及び上告人協会に対する請求について判断するに、前記判示のとおり、本件土地は上告人国の所有に属し被上告人の所有に属するものではないから、被上告人の所有権の存在を前提とする上告人らに対する本訴請求はいずれもこの点において(なお、明渡請求については、目的土地の位置、範囲を特定しない点でも)理由がないので棄却すべきである。

以上の理由により、原判決はこれを破棄し、第一審判決中上告人国の提起したいわゆる第一事件に対する判決は、上告人国の請求を全部認容しており、失当であるから、これを変更し、被上告人に対し、上告人国の所有権確認を求める請求及び登記請求のうち、予備的に、昭和二年一〇月三日時効取得を原因とする所有権移転登記を求める請求のみを認容し、その余の請求(その余の予備的請求は判断しない)を棄却し、第一審判決中、被上告人の提起したいわゆる第二事件に対する判決は、被上告人の請求を全部棄却したものであつて正当であるから、右判決に対する控訴を棄却すべきものとし、訴訟費用は第一、二、三審を通じ(差戻前の費用を含む)すべて被上告人の負担とする。

よつて、民訴法四〇八条、三九六条、三八四条、九六条、九二条、八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 宮川種一郎 潮久郎 光広龍夫)

上告人財団法人淡路観光協会代理人及び上告人国代理人の上告理由

第一点原判決は、昭和二年一〇月陸軍省によつて開始された被上告人の本件土地の占有が平穏の占有ではなかつたと認定した。すなわち、原判決は、平穏性の概念について「平穏の占有とは占有の取得又は保持について暴行脅迫等の違法強暴の行為を用いていない占有を云うものである。」と説示しながら、更に進んで「ここにいう暴行脅迫とは行為者の個々の具体的な行為のみを云うのではなく、行為者の個々の行為自体では暴行脅迫に該当しない場合でもその者の属する集団の圧力又は威力が背景にあることによつて相手方に畏怖心を生ぜしめ、正当な権利行使も思い止まらざるを得なくするような行為ないしは行動も包含するものと解するのが相当である。」として暴行脅迫の概念の著しい拡張をしたうえ、「昭和二年一〇月頃、突如陸軍が右土地上の立木を伐採したり、土地を堀つたりし始め、これを発見した被上告人は直ちに由良要塞指令部に対して抗議の書面を郵送したがその翌日前認定の如き回答を受けたのであり、被上告人の原審及差戻審(第一、二回)に於ける各本人尋問の結果によると、被上告人はその後も右要塞指令部に赴いて抗議したところ、応接に当つた係官より非国民である等と罵られ、又その後も訴を提起すべく岡林弁護士に相談をしたが、陸軍を相手に訴訟をしても勝目はない等と云われ、知人等からも、訴を起せば軍から種々の圧力も加えられるから思い止まるようにとの忠告を受けて遂に提訴を断念せざるを得なかつた。」との事実を認定し、「被上告人は、本件土地の占有を奪われた当時、本件土地で工事をしている軍関係者又は要塞指令部の軍関係者から直接暴行脅迫等の違法強暴の行為を受けたものではないけれども、これら軍関係者らの言動の背後には陸軍と云う巨大な集団の威力があり、一民間人に過ぎない被上告人が、右軍関係者による、本件土地の占有の取得及び保持を阻止又は排除することは凡そ不可能な状態であつたと云うべきである。そうすると陸軍による本件土地の占有の取得並びに保持は平穏性の要件に欠けるものと云うべきである。」旨結論づけている。

しかし、違法強暴の行為を受けたものではないとしながら、昭和二年当時の陸軍の性格や実態を認定することもなく、単に「陸軍という巨大な集団の威力」という抽象的概念のみで、平穏性に関する法律上の推定を覆えし、その占有を平穏性を欠くもの、すなわち違法の占有であるとすることは、明らかに論理の飛躍である。かくては、軍隊の占有は、すべて平穏の占有でないこととなり、社会常識に反するばかりでなく、法の論理としてもとうてい是認しうるものではない。しかも本件の場合、原判決の認定した事実によれば、被上告人は由良要塞指令部に対して書面で抗議をし、同指令部からその回答を受けたり、直接抗議に赴いたりしているのであつて、両者の間に本件土地の占有に関して交渉がなされており、被上告人が訴訟を断念したのは、第三者たる岡林弁護士や知人の言によるもので、占有者たる陸軍の行為に由来するものではない。

従つて平穏性に関する原判決の判断は明らかに経験則、論理法則に違背し、民法一六二条二項の解釈を誤まつたものといわざるを得ない。

第二点原判決は、前記陸軍省によつて開始された占有について、善意は推定されるが過失があると判断した。すなわち、原判決は、「当時右買収に関する資料としては右請書と本件土地についての陸軍省名義の保存登記が存したのみであること、而して右請書と保存登記の存在のみでは未だ陸軍省による本件土地の買収を肯認するに足らないものであること、一方本件土地について当時被上告人名義の保存登記も存したのであり、本件台帳上も被上告人の所有名義に登録されていたのであつて、而して国の徴税機関が右土地台帳に基き被上告人に対して地租を賦課、徴収して来たものであること」との事実を認定したうえ、「これらの諸点を総合判断すれば、占有開始時、本件土地が国の所有であると信じたことに過失がある」と判示している。

しかし、原審が認定しているように被上告人の本件土地所有権をめぐる陸軍に対する抗議は徹底したものではなく、しかも陸軍に本件土地の保存登記が存し、又乙第一号証によれば少なくとも本件土地買収の交渉が陸軍と被上告人の先代との間で存在したことは間違いのない事実であり、しかも差戻し前の第一審及び控訴審の各判決が、原審に提供されたと同じ証拠資料から、明治三〇年代における陸軍省と被上告人先代との間の本件土地の売買契約の成立を認定していることを考えあわせるならば、昭和二年当時の陸軍の事務担当者に過失があると断ずることは厳に失するというべきで、過失に関する法の解釈、適用を誤まつたものであり、原判決には、この点に関しても判決に影響を及ぼすことは明らかな法令違背があるといわざるを得ない。

以上のとおり、上告人等の本件土地の時効取得の抗弁を認めなかつた原審判断は、明らかに経験則に反し、ひいては法令の適用を誤つた違法な判決というべく、その違法が判決主文に影響を及ぼすこと明白であり、到底破棄を免れないものである。

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